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ジュンペイ(桜田淳子さん)、お久しぶりです。

ジュンペイ(桜田淳子さん)、お久しぶりです。

先日、サンミュージックの相沢会長がご逝去され、
その通夜に桜田淳子さんがご参席されました。

当時の直筆サイン(宝物にしているサイン)

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会長が育てた初めての女性アイドルが淳子さんでした。

少し微笑んで、祭壇に立ち、毅然とした姿はやっぱり違うなと。
「きましたよー」と声をかける淳子さん。

号泣していた聖子さんとは対照的でもありました。

個人的には何とも嬉しかった。

僕自身、幼少の頃から淳子さんの大ファンでして、
同時代の百恵ちゃんは子供の自分には毒が強く、森昌子さんはどうも‥
みんながピンクレディに熱中している時もひそかに応援していました。
(ミーちゃんやキャンディーズの蘭ちゃんも大好きでしたが‥)

常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)で観たときは、昭和50年。
淳子さんはその時17歳、眩しいくらいに輝いていた。
僕は小学生になったばかり。
(当時はスター達が毎週日曜日、プールサイドでショーをしていました、懐)

♪17の夏、一人歩き、初めての出来事‥
後にくせのある唄い方になってしまいましたが、
あの時はそんな風じゃなく、とても素敵だった!

英語の歌、今思えば多分「FEVER」だった?かなぁ、途中に粗野な秋田音頭が入って‥
英語の発音が抜群、まるで外人みたいだなぁと、凄い迫力でした。
スラっと足が長く、唄うしぐさがなんともカッコよかったです。

当時、日本人の歌う洋楽はいかにも‥というのが多かったのですが、
淳子さんは英語の曲が本当に上手くて、ビートルズのデイ・トリッパー等は最高でした。
(その時ではなく、後でコンサートで聞きました。)

それまでテレビで観ていたのと全然違っていて、その後、女優として才能を開花させた、
その片鱗を、何のけれんみもなく、稲妻のようにものも見事に放電させていた。

本物と映像とがこれほど違う人を他に僕は知りません。
(仙台でみた70年代末の矢沢永吉も異常にカッコよかったですが‥)

でも、今思うと、あの時、まだ高校生だったんですよねー‥

当時、間違いなく日本で一番人気のあったトップアイドルを目の当たりにして、
水着をまとうお客さんは超満員、その熱気は半端じゃなかった‥
あの施設独特の高温多湿な空気感‥、通常のコンサートとは全く趣が違う。
高校生や中学生のお兄さんの他、女の子も絶叫していたのが印象的です。

とにかく明るく綺麗で、見ていられないほどまぶしいという印象でした。
まるで真夏の太陽のように、瞼の裏に緑色の残像を残すような‥
秋田訛りが何ともいえない親近感を感じたのも覚えています。

いつしかファン達は淳子さんをジュンペイというあだ名で呼ぶようになりました。

知り合いの看板屋さんから淳子さんのサイン入り色紙を頂いて、
今でも宝物にしています(水戸で行なわれたサイン会にて)。

その後色々と、ネガティブなイメージがついてしまいましたが、
僕自身はそんな事はどうでもいいです。

まっすぐ(バカがつく真面目)で信念のある人ですから‥

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今年の紅白歌合戦、相沢会長を偲ぶ企画で「一人歩き」を唄ってください!!
(少しダイエットもしてください!笑)

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